思い通りにならない時こそ、前に進む力が試される

人生・生き方

今日は、少し焦る出来事がありました。

あてにしていた人が、突然手伝えなくなってしまったのです。

「どうしよう」

正直、そんな気持ちになりました。

予定していたことが突然変われば、誰でも焦ると思います。

自分一人でできるのだろうか。
予定通り進めることができるのだろうか。

そんな不安も出てきます。

でも、少し時間が経ってから、ふと思いました。

もしかすると、この出来事にも何か意味があるのではないか。

もちろん、本当のところは分かりません。

ただ、自分の思い通りにならないことが起きた時に、それを「困った」「ついていない」で終わらせるのか。

それとも、

「この出来事から、自分は何を学べるのだろう」

と考えるのか。

その違いは大きいような気がします。

思い通りにならないことにも意味がある

仕事をしていても、人生でも、すべてが予定通りに進むことなどほとんどありません。

営業をしていれば、良い提案だと思っていても断られることがあります。

約束していたことが変わることもあります。

人をあてにしていたら、突然予定が変わることだってあります。

そんな時、以前の自分なら「困ったな」で終わっていたかもしれません。

でも最近は少し考え方が変わってきました。

「これは何かを自分に伝えるために起きているのではないか」

そう考えるようになりました。

今回のことも、

「人をあてにするだけではなく、自分でもできるようになりなさい」

ということなのかもしれません。

あるいは、

「今までやったことのないことに挑戦してみなさい」

ということなのかもしれません。

答えは分かりません。

でも、少なくとも今回の出来事がなければ、自分でやってみようとは思わなかったことがあるのも事実です。

「できるか」ではなく「できると信じる」

もちろん、不安はあります。

やったことがないことなら、なおさらです。

できるかどうかなんて、今の時点では分かりません。

でも、やる前から「自分にはできない」と決めてしまえば、そこで終わってしまいます。

だから今は、

「できるか分からない。でも、できると信じてやってみよう」

と思っています。

やってみて思うようにいかなければ、そこでまた考えればいい。

違う方法を試してみればいい。

人に聞いてもいい。

一つずつ覚えていけばいい。

そうやって今まで自分も色々なことを覚えてきたように思います。

起きたことをどう受け止めるか

人生には、自分では選べない出来事があります。

相手の都合もありますし、突然予定が変わることもあります。

起きてしまったこと自体は変えられません。

でも、その出来事をどう受け止めるかは、自分で選べる。

「なんでこんなことになったんだ」と考え続けることもできます。

反対に、

「これをきっかけに、自分が一つ成長できるかもしれない」

と考えることもできます。

だったら私は、できるだけ後者を選びたいと思います。

今日の出来事が、この先どんな結果につながるのかはまだ分かりません。

もしかすると数ヶ月後、

「あの時、予定が変わってくれて良かった」

と思っているかもしれません。

だから今は、目の前のことを一つずつやってみます。

できるかどうかではなく、できると信じて前へ進む。

今日起きたことも、自分がもう一歩成長するために必要な出来事だった。

いつか、そう思える日にしたいと思います。

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