何十年経っても忘れられない、あの一球

日々の気づき

今日は朝ごはんを食べて少し落ち着いてから、8時30分頃から庭の整理と草むしりをした。

暑さもあって、10時過ぎには疲れて家の中へ。

その後はパソコンを触ったり、携帯をいじったり。

昼になったので、うどんを茹でて娘と一緒に食べた。

午後もTikTok Liteを見たり、パソコンを触ったりしながら、少しダラダラと過ごしてしまった。

「このまま一日が終わるのもなぁ」

そんな気持ちもあって、14時過ぎから、きゅうりの追肥を買うためにカインズホーム飯能店まで歩いて行くことにした。

追肥だけを買うつもりだったが、ちょうど必要だった原付のオイルも購入。

追肥5kgとオイル1L。

それをリュックに入れて背負い、帰り道は途中まで走って、また歩く。

なかなかの重さだった。

そんな帰り道、ある球場の脇を通った。

そこは高校生の頃、野球の試合をした球場だった。

そして、この球場の脇を通ると、なぜか毎回のように思い出す場面がある。

高校2年生の時だった。

一つ上の先輩たちがいた頃の試合。

何回だったのかは、もう覚えていない。

ただ、一打出れば逆転できる。

そんな場面だったことは今でも覚えている。

その日の私は補欠で、ベンチにいた。

しかも相手チームのピッチャーは、中学校時代の同級生だった。

試合を見ながら私は、

「なんで、あの球が打てないんだよ」

そんなことをつぶやいていた。

すると、それを聞いていたコーチの先生から突然、

「じゃあ、お前が代打で出ろ」

と言われた。

まさか、そんな展開になるとは思っていなかった。

焦った。

でも同時に、

「やってやろう」

という気持ちもあったのだと思う。

そして打席へ。

何球目だったかは覚えていない。

相手が投げたスライダー。

タイミングはバッチリだった。

バットにも当たった。

しかし――ファウルチップ。

その後に来た球を打つと、打球はショートの方へ転がった。

足がすくんでいた感覚は今でも覚えている。

それでも何とか一塁ベースまでたどり着き、結果はヒットになった。

普通なら、

「代打で出てヒットを打った」

良い思い出なのかもしれない。

でも、私の記憶に強烈に残っているのは、そのヒットではない。

その前のスライダーだ。

今でも思う。

あのスライダーを、あとボール半分上から叩けていたら……。

間違いなくホームランだったんじゃないか。

タイミングは本当にバッチリだった。

もちろん、本当にホームランになっていたかなんて、今となっては分からない。

でも、あれから何十年経った今でも、その球場の横を通ると、あの一球がよみがえる。

不思議なものだ。

実は、その球場には当時付き合っていた彼女が応援に来てくれたこともあった。

普通に考えたら、そちらの方が青春の思い出として残りそうなものだ。

でも私の場合は違う。

彼女との思い出より、

打てなかった、あの一球。

そちらの方が圧倒的に鮮明に残っている。

そして、47歳になった今でも少し悔しい。

人間というのは不思議だと思う。

うまくいったことより、

「あの時、もう少しだった」

「あそこで、こうしていたら」

そんな出来事の方が、何十年経っても心に残ることがある。

でも最近は、それも悪くないと思う。

もし、あのスライダーを完璧に捉えてホームランを打っていたら、もちろん最高の思い出になっていただろう。

でも、もしかすると今ほど何度も思い出してはいなかったかもしれない。

届かなかったから、忘れない。

悔しかったから、何十年経っても心の中に残っている。

人生にも、そんなことがたくさんあるのかもしれない。

仕事でも、人間関係でも、

「あの時こうしていれば」

と思うことはある。

その時には戻れない。

高校2年生だった自分が、もう一度あの打席に立つこともできない。

だったら、今の自分が次に打席へ立った時に、その悔しさを生かせばいい。

47歳になった今だって、まだまだ打席は回ってくる。

仕事でも、人生でも。

次にチャンスが来た時には、

「あの時、振っておけばよかった」

ではなく、

思い切ってバットを振れる自分でいたい。

今日、追肥と原付オイルを背負って歩いた何気ない帰り道。

高校時代の、たった一球を思い出した。

あれから何十年。

それでも私はまだ、

あのスライダーを打ち返したいと思っている。

タイトルとURLをコピーしました