苦しい時ほど「誰かのために」動ける人でありたい

47歳からの挑戦

今日は、これといってブログに書けるような大きな出来事があったわけではない。

むしろ一日を振り返ってみると、AIのちゃたろうに「おんぶにだっこ」だったような気さえする。

仕事のこと、文章のこと、これからの段取り。

自分一人で考えていたら時間がかかることを手伝ってもらいながら、一つずつ進めていった。

そんな一日の中で、ふと思ったことがある。

「誰が為に動ける自分になれるだろうか」

自分自身、どうしても自分のことを先に考えてしまう。

仕事がうまくいってほしい。
収入を増やしたい。
生活に余裕を持ちたい。
もっと前に進みたい。

今の自分に余裕がなければ、なおさら自分のことで頭がいっぱいになる。

でも、本当にそれだけでいいのだろうか。

これまで色々な人を見てきて感じるのは、自分のことだけではなく、誰かのために動ける人には、不思議と人が集まってくるということ。

すぐに何かが返ってくるわけではない。

損をすることだってあるかもしれない。

それでも誰かのために動いたことが、巡り巡って別の形で返ってくることもある。

仕事でも同じなのかもしれない。

「自分が契約を取りたい」
「自分が儲けたい」

もちろん商売をしている以上、それも大切なこと。

でも、

「この人の役に立つにはどうすればいいだろう」

そこから考えられる人の方が、結果として長く信頼されるのではないだろうか。

そして、今日一番考えたのは、

苦しい時ほど、誰かのために動ける人でありたい

ということだった。

余裕がある時に人に優しくすることは、それほど難しくない。

自分が順調な時に誰かを応援することもできる。

でも、自分自身が苦しい時はどうだろう。

そんな時にも周りを見て、誰かのために少しでも動けるか。

そこに、その人の本当の強さが出るような気がする。

もちろん、今の自分がそこまでできているとは思わない。

自分のことで精いっぱいになる日もある。

だからこそ、目指してみたい。

47歳から人生を変えていこうとしている今、変えたいのは仕事や収入だけではない。

自分自身の在り方も変えていきたい。

「自分のために」から、少しずつ「誰かのために」へ。

明日から何か大きなことをする必要はない。

困っている人がいたら声をかける。
相手の立場になって考える。
自分にできることがあれば、少し手を貸す。

そんな小さなことからでいい。

そしていつか、自分が苦しい時でも自然に誰かのために動ける人になれたらいい。

それもまた、自分が目指している「逆転」の一つなのかもしれない。

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