記憶だけでは気づけなかった、自分の歩いてきた道

47歳からの挑戦

今日は朝一番で看板の取り付けがありました。

立ち会うため、いつもより少し早く家を出発。

実際に作業を見ながら業者さんとも話をさせていただき、「良い業者さんと出会えたかもしれない」と感じました。

看板の仕事は、自分一人ではできません。

営業をして、契約をいただいても、実際に看板を作ったり取り付けたりしてくれる人がいて初めて形になります。

これから長く、良いお付き合いができたらいいなと思いました。

取り付けの立ち会いを終えた後は、契約のアポイントが入っていたため、そのまま次のお客様のところへ。

実は一度、アポイントがキャンセルになっていたお客様でした。

それでも改めて訪問する機会をいただき、今日は無事に契約を結ぶことができました。

しかも、それで終わりではありませんでした。

契約後に色々な話をさせていただく中で、さらに追加のお話までいただくことができました。

そして、その後にももう1件。

こちらも契約をいただくことができました。

今日は久しぶりに、良い話が続いた一日でした。

もちろん契約をいただけたことは嬉しい。

でも、今日一番心に残ったのは、実は仕事のことではありません。

別のお客様への訪問を終えた後、昨日書いたブログをもう一度読み返しました。

昨日もそうだったのですが、自分で書いた文章を読みながら、昔のことを色々と思い返しました。

そして、また泣きそうになりました。

最近、不思議なんです。

今まで、昔のことを思い出しただけで、こんな気持ちになることはほとんどありませんでした。

自分の頭の中にある記憶だけなら、

「そんなこともあったな」

くらいで終わってしまう。

大したことではないように感じてしまうんです。

ところが、それを一つひとつ文章にして読み返してみると、まったく違って見える。

「あの時は、こんなことを考えていたんだな」

「よくあの時を乗り越えてきたな」

「こんな人たちと出会ってきたんだな」

そんなことが次々と思い出されて、なぜか胸がいっぱいになる。

そして、泣きそうになる自分がいる。

47年間生きてきました。

自分では普通に生きてきただけだと思っています。

特別すごい人生だったとも思っていません。

でも、文章にして振り返ってみると、その「普通」の中にも、色々な出来事があったことに気づきます。

嬉しかったこと。

悔しかったこと。

恥ずかしかったこと。

うまくいかなかったこと。

人に助けてもらったこと。

そして、何とかここまでやってきたこと。

一つひとつは小さな出来事でも、全部つながって今の自分になっている。

もしかするとブログというものは、誰かに読んでもらうためだけに書くものではないのかもしれません。

自分自身が、自分の歩いてきた道をもう一度見つけるためのものでもあるのかな。

最近、そんなことを思うようになりました。

今日いただいた2件の契約も、追加でいただいたお話も、良い業者さんとの出会いも、きっと何年か経ったら一つの思い出になります。

その時に今日の記事を読み返したら、自分は何を感じるのでしょうか。

今はまだ分かりません。

だからこそ、これからもその日の出来事や、その時に感じたことを残していきたいと思います。

記憶だけでは気づけなかった、自分の歩いてきた道。

ブログを書くことで、少しずつそれが見えてきたような気がします。

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